モネピィの哲学

Twitterで歌ってます。 もね@mone_20201222

8:微笑む人。を見て。

私達は。

 

他人のことなんて、分かるはずがない。

 

自分が見えることなんてね、自分が持っている物の裏返しでしかない。

 

つまり、

 

自分を見てる。

 

誰かを批判したり、

良いと思ったり、

悪いと思ったり、

自分の中にあるある価値観が

自分自身にそう思わせてるだけ。

 

 

言葉ってのは、

言葉を発している張本人のことを表してるに過ぎない。

 

例えば、

誰かの悪口を言ってる人がいたとして。

言われてる人側の言い分も聞かずに、

言ってる人が、まるで正しいかのような錯覚に陥る。

人の意見なんて、偏ってるものだし。

誰だってそう。もちろん私自身もそう。

 

ここで言えるのは、

悪口を言ってる本人が

悪口を言うような人だってこと。

 

 

私はね、

人の言葉を、それが

三者の誰かの話であっても、

自分が言われてるんやって思うように聞くねんけど。

 

きっと、この人は、

私のこともこんな風に誰かに話すんだろうなって思ってしまう。

 

別に悪口を言うのが悪いって思ってるわけじゃない。

むしろ、私の悪口なんて言ってもらって構わない。

 

嫌われても、価値観が違うのだから、

私を見て、

それって違うやん?

 

って思うのは、

違ってる限り当たり前のことだし。

 

 

その人にとって大事なことを大事にすればいい。

 

私は、

無理して私に付き合われるのが嫌だから。

 

悪口を言われるよりも、

気を遣われることの方が、

私自身を苦しめたりする。

 

あなたに、無理して欲しくない。

あなたらしくいて欲しい。

だから、無理しないで私を自由に嫌って欲しい。

 

人に対して、

イライラする気持ちも

腹立つ気持ちも

悲しく思う気持ち

傷付いて塞ぎ込んでしまう気持ちも分かる。

人間だから。誰だってある。

 

それは、自分が

逆のことを大事にしていたり

我慢していることを惜しみなくやってる人であったり

 

その証拠で。

 

 

だけど、人は言葉に惑わされる。

 

 

テレビのニュースやら、

噂話もそう。

 

言われてる人が悪い気がしてしまう。

だけど、

言われてる側は、弁解もできない。

 

言ってる側は、嘘も言える

そして、全てを知らないくせに知ったつもりになって、

チグハグの情報から、

自分の納得のいく物語を作ろうとする。

 

 

って、さっき見たテレビのドラマ

松坂桃李のやつ。

「微笑む人」

 

それ見て私が関連して思ったことを

自由に書き綴ってみた。

 

 

物語っていうのは、

いつだって自分都合で作られる。

そしてそれは、

他人の目から見ると、

全く違う物語に見えているものだってこと。

 

皆さんは、

ドラマを見てどんな風に思いましたか?

自分の中の疑問が

自分の中の価値観が

浮き彫りになりましたか?

ドラマの人物を批判したり

内容を批判したり

したとしても、

 

結局それは、

自分自身の価値観の裏返しでしかない。

私はそう思う。

私は。